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パブロ・ピカソの格言5選

パブロ・ピカソについて

1881年にスペイン南部のマラガで生まれ、美術教師の父に勧められ幼い頃から絵を描き始めます。11歳の時、ラ・コルーニャの美術学校に入学。父もピカソの才能を認め、絵の道具を息子に渡し父親は絵画の仕事を辞めてしまいました。14歳でバルセロナの美術学校に入学し、16歳の時には父の指導のもとで描いた『科学と慈愛』が国展で佳作を受賞し学校を中退。マドリードのプラド美術館に通い名画の模写することで絵画の道を求めるようになりました。こうした背景もあり、同一人物が描いたとは思えないほど、ピカソの作風は変化が多かったのです。時代が変わるのと同じように作風が変わり、生涯ピカソは147,800点の作品を残しました。
参考:http://iyashitour.com/archives/22678

 

パブロ・ピカソの格言

子供は誰でも芸術家だ。 問題は、大人になっても 芸術家でいられるかどうかだ。

子供の発想や自由さを芸術と表現しています。大人になるとモラルや周りの事や自分の生活を優先し自由では生きられないことを伝えており、様々な問題に縛られていく大人にあてた言葉でもあり、子どもを育てている親に向けた言葉にも聞こえます。

普通のアーティストは(人を)真似る。偉大なアーティストは(人から)盗むんだ。

これはピカソが他の画家のをマネしているだけでは?と言われた時の格言。ピカソは自身の事を偉大なアーティストと言い回し、マネは普通の人でも出来るが他のアーティストの技を盗みさらにいいものを作るのが私、と伝えました。

明日に延ばしてもいいのは、 やり残して死んでもかまわないことだけ。

寝ず食べずに芸術に没頭しているピカソが言ってこそ奥が深い名言です。きっと、やりたいことをやりつくしてピカソは亡くなっていったのでしょう。

私の創造の源泉は、私が愛する人々である。

2度の結婚、子宝にも恵まれ、さらに不倫までしていたピカソ。彼女たちが多くのピカソの作品に影響を与えたといえます。

私は、画家になり、結局ピカソとなった。

ピカソという唯一無二の職業になった事を言い表しています。これはただの画家ではない、ピカソだからこそ言える名言です。

パブロ・ピカソ。彼はたくさんの偉業を果たし、世の中に大きな影響を与えました。絵だけでなく言葉でも魅了したピカソ、彼の格言はこれから偉人になりうる子供にも大きな影響を与えるきっかけになると思います。

参考:

http://www.castellanoru.com/265.html
http://www.fesh.jp/detail_8247.html
http://www.fesh.jp/detail_1930.html
http://www.fesh.jp/detail_1936.html
画像出典:http://www.team-lens.com